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意外と

  • 2008/08/13(水) 20:43:18

最近、きまぐれに自分のブログの過去ログを掘っていたらスキップ・ビート!についての記載が二年前の日記に残っていて自分で驚きました。でもスキビ自体は大学入る前から興味津々でしたから当然といえば当然かもしれません。

もともと物事を覚えることは得意ではありません。一日に行った活動のどれだけを覚えていられるだろうか、そんなレベルの記憶力です。
ふつう? よくわかりません。もともと狂った世界が狂ったと自覚しないままに平穏を保つ世界です。誰もが変人なのに普通を装う世界です。その世界において普通という基準が……。

……抽象的な発言ですね。失礼しました。

私にとって記憶とは「関連」と同義なのかもしれません。ほとんどの場合、記憶すべき事柄には(意識してかしないでか)関連する事柄が付随します。それは記憶したときの周囲の風景であったり、たまたま聴いていた音楽であったり……。
だから関連するとは言っても他人には決して理解できる関連性ではありません。その関連は私の世界だけのものであり、他者からは決して理解されうるものではないのです。

とある曲を聴いたらちょっと気になっている女性を思い出したり。
記事の文面を読んだら過去にあった嫌な出来事を思い出したり。

そんなのは私だけで形成されたネットワークです。それは私の歩んできた歴史と同義なのかもしれません。突飛な、そして他者に極めて理解しづらい発想は私でなければできないものゆえに。

あるいは人はそれを価値観とでも呼ぶのでしょうか。それは過去から脈々と受け継がれる経験が本人の価値となって具現化するものですから。



結局理解し合えない世界に、理解しているものと思い込んで成り立っている世界なのだと。
本当の意味で理解し合える世界などどこにも存在はしないと思うけれど。

それで調和が取れているのなら世界はやはりあるべき姿を象っているのかもしれませんね。



たとえば私が明日消えて、何が変わるだろう。そんなとっても不安定な世界。



……ま、それでも今日という日を精一杯に生きることくらいしか私たちにはできないわけで。

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